mars 2008アーカイブ


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昨日の土曜日の午前中は、素晴らしい花見日和だった。季候も良く、近所の桜の大木も満開である。快晴ではなく、白い雲が少しかかっているのも何とも言えない風情があると思う。当分の間は、風雨が強まることはないとの予報なので、花持ちは良さそうだが、そうは言っても桜だ。せいぜい十日だろう。満開を過ぎて、花びらが舞い始めると、それはそれでまた格別の趣がある。たかが桜、されど桜なのだ。

このような、うつろいやすい風物に異常とも思える情緒を見いだすのは、やはり日本人特有の気質なのだろうか。はるか奈良・平安の時代から、桜を愛でる和歌は枚挙にいとまがない。「古文で花と言えば桜」と古典の教師に教わったが、それはちょっと極端にしろ、あまたの植物の中で、これほどの関心を集め、様々な形で表現されてきたものはないことは確かだろう。

と言うわけで、私の好きな和歌を影印本から二首ほど。

waka01.jpg右は「伊達本   古今和歌集  藤原定家筆   久曽神昇[編]」(笠間文庫影印シリーズ)から、左は、「新古今和歌集<上>   穂久邇文庫蔵   伝二条為氏筆   後藤重郎[編]」(笠間書院)からの抜粋である。残念ながら後者はいまのところ絶版のようだ(古書店には結構在庫があるようだが)。

影印本を読むというのは、なかなか面白い。中世には、まだ仮名表記が一定してないので、同じ字母(漢字)から複数のひらがなが生成し(これらを変体仮名と言う)、それらが同じ文書の中で様々に用いられている。国文学者ではないので、詳しいことはわからないが、字母との関係さえ覚えてしまえば、何となく読めるようになってしまうというのが、人間のパターン認識能力の優れたところだと思う。

右は藤原定家、左は二条為氏の筆とのことだが、見てのとおり、定家の方は大らかで自由奔放な印象であるのに対して、為家の方は、生真面目で繊細な印象を受ける。こうした情報は、現在の活字に置き換えられた古典文学書では決して判らない。そこはかとなく本人の人柄が感じられて、こうした影印本を読むのは楽しいものだ。

さて、とはいっても初めての人には、わかなない文字が多いと思うので、現代の活字で表記したものと、変体仮名の字母がなにかを記しておく。(因みに、ボールド+アンダーラインで表記されている部分は、元々漢字で表記されている)


心地そこなひてわづらひける時に風にあたらじとておろしこめてのみ侍りけるあひだに折れるさくらのちりがたになれりけるを見てよめる  藤原よるかの朝臣

たれこめて春のゆくへもしらぬまに待ちし櫻もうつろひにけり

心地曽己奈此天和川良此介留爾安多良之止天於呂之己女天乃美介留安飛多爾禮留佐久良乃知利可多爾奈禮利介留遠見天与女留   藤原与留可乃朝臣

堂禮己免天乃由久遍毛志良奴万爾万知之毛宇川呂此爾介利


皇太后宮大夫俊成
またやみむかたののみののさくらがりはなのゆきふるはるのあけぼの

未多也美武可多乃ヽ美乃ヽ佐久良可里者那由支布留者留安遣本乃


それにしても、私には、これらの歌が中世の無常観といったもので通底しているように思われてならない。藤原よるかは、病床に伏して、壺に活けられた櫻の花びらが散って行くのを見て「今年の櫻の季節も過ぎ去ろうとしている」と詠み、俊成は、「交野のお狩場で再び櫻の花を見ることがあるのだろうか」と詠んでいる。そこにあるのは、この一年間を生きながらえて新しい春を迎えたという感慨と、来年の春が再び自分に巡ってくることがあるのだろうかという茫漠としてとらえどころのない生への不安だ。これは存外、遙かな時を隔てて現代の日本人の感性にも受け継がれていているのではないかと思う。




シュルレアリストの今となっては「古典的」言葉遊びみたいなタイトルだが、何のことはない代々木にあるDoCoMoのビルである。

このビルのデザインが、最上部が電波塔になっていることも含めてマンハッタンのエンパイア・ステート・ビルディングのそれを剽窃したものであることはさておき、どうしてこんな映像を撮影したのかと言うと、まず第一に電車を待っている時間が手持ち無沙汰だったからだ。

次に、(むしろこちらの方が先なのかもしれないが)私がDoCoMoの携帯を使っているからである。などと言うと、訳が判らないことのように思われるかもしれないが、普通は不可視かつ不可知な無線ネットワークが、この時に限り(ほぼ)確実に、空中に敷設された仮想的な通信ケーブルとして認知されたからだ。

ほとんどの場合、携帯電話と無線基地局との間の通信ルートは、利用者には不可視であり不可知だ。確かに道を歩いていると、沿道のマンションのペントハウスなどに基地局のアンテナらしきものが設置されているのを見かける。だが、キャリアはDoCoMoだけではない。auやSoftBankやWILLCOMもそれぞれ独自の無線ネットワークを構築しているのだ。従って、利用者が自分の携帯が送受信する電波のルートを確実に知ることはあり得ないし、そもそも無線とはそういうものだ。

しかし、このビデオクリップを投稿した時、目の前に聳えたつDoCoMoのビルに設置された基地局アンテナに向けて、たかだか300KBとは言え(MTmailの投稿最大容量は300KB以下に制限されている)映像データのパケットが送信されたということは、(ほぼ)確実と言えるだろう。

基地局アンテナの設置されたビルの映像を撮影し、まさにその基地局に向けて、その映像のデータを送信するという行為が、何だか面白く思われた。それは、通常不可視かつ不可知であるはずの無線ネットワークの末端が、仮想的とは言え具体的認知の対象として立ち現れたからかもしれない。

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過日、動画を撮影した桜が早くも咲いた。ニュースによれば、今年の開花は例年よりかなり早いとのこと。これも地球温暖化が原因か。

桜二題

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昨日あたりから桜が咲き始めた。近所の公園などでもちらほらと咲いている。今週末あたりは、満開になるのではないか。

A-Form

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Movabletype用のフォームを設置するプラグインの「A-Form」をインストールしてみた。少し手間がかかるが、とても便利だ。ウィジェットセットの設定と同じような感覚で、お問い合わせ等のフォームを組み込むことができる。商用利用は有償だが、個人ブログでの利用は無料というのも嬉しい。

このプラグインを「Mail to」というウィジェットに組み込んで閲覧者から直接メールを受け取る機能を追加してみた。コメントとは別の形でコミュニケーションができるのが良いと思う。


shadow

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影。
午前中に近所のペインクリニックで治療を受けた後、隣の駅まで出て買い物をした。良い天気で暖かく、春の日射しが路面に射している。歩いている自分の影を撮影した。
これだけの情報から何が判るのだろうかと思う。写っているのは、何の変哲もないただの路面だ。私のシルエットがほんの数秒の間その上を通り過ぎる。音声はOFFなので、それ以上の情報は無い。
シルエットから、性別と身につけている物くらいは、推測はできるかもしれないが、場所の特定までは困難だろう。アノニマスな場所のアノニマスな時間。断言できるのは晴れた日であるということだけだ。
と思っていたら、よく見ると映像の左下に指の一部が写っている。最近、機種変更した某社のこのモデルは、カメラのレンズの位置が良くなくて、指がかかりがちなのだ。という訳で、お粗末な顛末となった。

マイカップ

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会社の地球環境保護の方針でコーヒーサーバーの使い捨てインサートカップが利用出来なくなった。各自マイカップを用意するようにとのお達しなので、買ったのがこれ。ちなみに、インサートカップは、一個4.9円するのだそうだ。昨今のスーパやコンビニのレジ袋自粛に通じるものがあるが、こうした地道な取り組みを行っても、大量のポリタンクを不法に海上投棄する国があったりすると、虚無感にかられてしまうのは私だけであろうか。

FORTH

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このブログのサブタイトルの

"FORTH is like the Tao: it is a Way, and is realized when followed. Its fragility is its strength; its simplicity is its direction."

は、Leo Brodieの"Thinking FORTH"の巻末に引用されているMichael Hamの言葉だ。何でもMountain View Pressの「FORTHについて25ワード以内で述べよ」というコンテストの応募作の一つだそうだ。かつて、このマニアックな言語を用いてプログラミングをしていた私にとっては、この文章の言わんとするところは、とてもよく理解できる。老子を意識しているところも好ましい。
と言うわけで、老子風の表現で訳してみた。

「FORTHは道の若し。従はば自から成る。微妙繊細にして剛なり。簡素を以て善しとす。」

それにしても、最近のWindows用開発環境の何と複雑怪奇なことか。FORTHは極端にしても、Cでプログラミングしていた頃のことが懐かしいなどと言うと歳がばれるかもしれない。


coming soon

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トップページ暫定版を作成した。Movable Typeには、携帯で撮影した動画や静止画をメールで投稿する付加機能がある。これを行うためには、MT側でのちょっとした設定と、投稿された動画等をブログ記事として自動作成するためのMTmailというサービスに登録をする必要があるが、それを済ませてしまえば、どこからでもタイトルと本文付きで動画や静止画を投稿できる。動画と言っても、Flashを用いた簡素なものだが、絵日記ならぬ「動画日記」として見るとなかなか興味深い。動画日記なので、"diary"と"video"を合成して、勝手に"vidary"と名付けることにした。この記事のカテゴリの由来である。

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